withコロナの生き残り方を、
外食支援のプロに聞いてみた
第4回
株式会社リーガル・リテラシー
代表取締役社長
黒部得善氏
これまで接客や売り方といったお店の〝営業面〟についてプロの意見を伺ってきましたが、今回はより深く掘り下げて会社の〝経営〟がテーマです。
緊急事態宣言解除後、休業していた飲食店が営業を再開しはじめました。とはいえ、利用するお客様の数は元に戻っているわけではありません。そのような状況の中、飲食店経営者は倒産危機の重圧に耐えながら様変わりしてしまった社会に適用しようともがいています。
そこで今回は労務改善を柱にした外食コンサルティングで100社を超える外食企業を支援している株式会社リーガル・リテラシーの代表取締役社長、黒部得善さんに、新型コロナウイルスへの対応を迫られた経営者のリアルと経営の変わるべき方向性について伺いました。
黒部得善 プロフィール
1997年に社会保険労務士資格を取得した後、社会保険労務士事務所、ITコンサルタントを経て、2002年に株式会社リーガル・リテラシーを設立。著書に「お店のバイトはなぜ1週間で辞めるのか」「就業規則がお店を滅ぼす」(日経BP社)などがある。趣味はフライフィッシングと動物飼育。
株式会社リーガル・リテラシー
IT技術で離職対策の必要を知らせる「労務リスク緊急アラームシステム」などを搭載した労務管理システム「労務AI」などを独自に開発し、飲食店・小売等の労務支援を行っている。独自開発した「労務AI」などIT技術を駆使した緻密な労務サポートで、100社を超える外食企業の労務コンサルタントを事業の柱としている。
あのとき外食経営者はどう動いたか?
北海道が2月に北海道独自の緊急事態宣言を出したとき、北海道の飲食店は大打撃を受けています。私の顧問先には北海道の外食企業もありましたから、インパクトの凄まじさを痛感していました。東京をはじめとした他県の飲食店経営者もインバウンド客が急減するなどの新型コロナウイルスの影響を受けてはいましたが、まだまだ楽観的なムードではありましたね。
状況が一変したのは3月後半からです。東京都知事が飲食店を悪とするような形で外出自粛要請を強化しはじめたところで繁華街に人が一気にいなくなった。欧米と同じような外出禁止や営業禁止の現実味が増してきたことで、顧問先の外食企業から相談が激増しました。
すべての経営者が倒産の恐怖を感じながら「従業員を守りたい」と言っていました。それに対し私はコンサルタントの立場から「会社を存続させないと守れたはずの社員まで守れなくなる」と伝えました。ご存じのとおり、会社はどんなに儲かっていても手元に現金がなくなったところで倒産します。あらゆる手を使ってキャッシュを枯渇させないよう訴えました。
緊急事態宣言が発令されてすぐ「雇用調整助成金」や「休業協力金」といった施策が打ち出されましたが、経営者の皆さんには「当てにしてはいけない」「資金繰りへ入れてはいけない」と言い続けました。たとえば雇用調整助成金は従業員に給与を払ってから申請書類を作成し、審査を経てようやく入金される。お金が入るよりも出る方が先なうえ、入金まで半年かかることもザラです。そんな時間がかかっては助成金が入る前に倒産してしまう。多くの外食経営者が助成金申請の準備と、当座の資金確保を同時に進めなければなりませんでした。
5月25日に緊急事態宣言が解除されました。「新しい生活様式」「7割経済」という言葉がさまざまなメディアで発信され、飲食店も席数を大幅に減らした営業スタイルを採り入れざるを得ない。しかしながら、売上げ7割で利益が出る飲食店がはたしてあるのか?自粛で保有現金を大幅に減らしたうえに、営業再開しても利益が得られるかどうかも厳しいという状況で、外食企業経営者は誰もが倒産と背中合わせにいるというのが現状です。
非常時は非常時らしく攻める
緊急事態宣言が解除されたからと言って、コロナ禍の終焉を意味するものではありません。今、アフターコロナを見据えてやっておくべきこと、生き延びるためにすべきことについて、お話させてもらいます。
ポイントは3つ。
①社員の給与を適正化する
②アルバイト人件費の変動費化
③本部費の適正化
この3つのポイントをあげたのは、つい最近、コロナ直前まで飲食店を悩ませ続けた『人手不足』モードから、脱却していく、会社が求めるあるべき姿へ成長していくためです。
①社員の給与を適正化する
コロナ以前まで外食業界は、人手不足や離職率の高さに悩まされ、労働環境の改善に注力していました。ただ、コロナ前までの人件費は適正でしたか?「こんな給料では誰も集まりませんよ」など、採用ビジネス会社の進める通りの給与決定ではなかったでしょうか?これにより給与の正当性が歪められてしまった。「人を採らなくてはならないから」という理由で能力的に“ハテナ”な人でも高い給与で採用してしまう、ということが多くみられました。
今、給与の不公正を正すことのできる時期です。会社の方針・方向を再度確認し合い、社員に「してほしい仕事とは何なのか」をきちんと伝えて適正な給与に戻す。これは給与を下げることを目的とはしていません。あくまでも人手不足という外部要因で壊れたものを直す、ということです。
②アルバイト人件費の変動費化
本来、アルバイトの人件費は変動費です。お客様の状況により早上がりをさせるなど、上手に経費コントロールできる点が高く評価されてもいました。しかしコロナ前の人手不足により「早上がりさせたら辞めてしまう」「辞めたら困るから」などの理由でいつのまにか固定費化している外食企業が増えてしまいました。いまできることはアルバイト人件費をあらためて変動費へと戻すことです。
③本部費の適正化
近年は人手不足を理由に人の採用のための管理コストが増加傾向でした。会社全体で業務量が減った今、IT化などで本部費の削減を進める機会です。当社では「店舗の労務の完全ペーパレス」技術を開発しました。面接→採用決定→契約→フォロー面談・評価まで、すべてペーパレスで管理が可能になりました。これにより店舗の店長が営業に集中でき、スタッフとのコミュニケションに時間を増やしてもらうことが可能になりました。
今こそ働き方の柔軟性を高めよ
これらの適正化はただ単に給料を削減しろということではありません。この先もコロナの影響で営業時間の見直しや、店舗の集約など色々と手を打たなくてはならなくなります。そうした事態に備えるためにも、今まで取り組めていなかった「働き方の柔軟性を高めていく」ということなのです。具体的な短時間正社員制度や主婦社員制度の創設、そしてアルバイトの上限時間設定など。多様な働き方に対応できると会社であると同時に急激な社会の変化にも対応できる会社をめざすべきだと考えます。
①営業時間の見直し
「少しでも売上げがほしい」「決まった時間は店を開けておかないと」といった理由だけで店を開けているなら営業時間を再考した方がいいでしょう。ノーゲストな時間帯は仕込みや清掃などをしていない限りキャッシュアウトしているだけです。それ以上に、今回のコロナ禍で、お客様が目に見えて減っていく中で会社から何も言わなくとも出勤を自粛していってくれたアルバイトがどれだけ多かったことか。やはり暇な仕事は嫌なんです。飲食店で働く方たちは、みんなと力を合わせてお客様の満足のために頑張ることが好きな人たちなんです。「きちっと勝ってさっさと帰る」というのが大切ではないでしょうか。
一方でこれまで開拓してなかったニーズの掘り起こしにトライする機会でもあります。たとえば夜の集客が見込めない分早く営業終了し、代わりに昼夜通し営業にして夕方のテイクアウト需要を掘り起こす。または朝の出勤前の時間帯に朝食やコーヒータイムの時間を提供するといったトライをしている外食企業も増えてきています。
ただこうした挑戦で成果を出すためには、働き方の柔軟性を高めなくては、リスク投資となって逆効果です。
②グループ店舗の集約化
同じ地域に複数店を出店している外食企業は店舗を絞り込むことを検討すべきです。グループの店を休業して政府や自治体の休業補償を得ながら、社員を営業店に集めて当番制で出勤してもらうという方法もあります。こうした取り組みも、柔軟な働き方が大前提。お店に紐づくアルバイトではなく、会社に紐づく社員たちにより可能になるのです。
答えのない今、自社にとっての正しいを考えよう
マスメディアでは「アフターコロナ」「ウィズコロナ」という言葉が氾濫しているが、そうした〝次のフェーズに移った〟と感じさせるキーワードに強い違和感を覚えます。というのも、外食企業経営者たちは未だ異常事態のまっただ中であり、明確な生き残りの道筋を見いだせていないからです。
明確な答えがない今は、これまでの常識や当たり前は通用しません。経営者はこの環境における適正をゼロベースで作り上げる必要があります。おそらくそれはリーダーごとに異なるのだと考えています。
取材・写真・文 = さとう木誉(さとう きよし)
外食ライター。都内在住。繁盛店取材だけでなく経営マネジメントに関する取材活動を中心とする。「月刊食堂」「外食レストラン新聞」「外食図鑑」といった専門媒体の他、食品商社や外食コンサルタント等の宣伝企画にも携わる。好きな酒は熱燗。好きなツマミはガリ〆さば。